社会人サッカー訴訟に関する考察
1 はじめに
サッカー社会人4部リーグの試合中に足を骨折した男性(以下「原告」という。)が、接触した相手チームの男性b(以下「被告b」という。)及び被告bが所属していたチームの代表者である男性c(以下「被告c」という。)に対して、損害賠償請求訴訟を提起したところ、東京地裁が、被告bに対する請求を247万4761円の範囲で認容し、被告cに対する請求を棄却したことが話題となっている。
筆者自身、現在、サッカーの社会人リーグでプレーしており、幼少期からサッカーに携わってきたことから、本件について、基本的な法的知識を確認した上で、私見を述べたいと思う。
2 事案の概要
東京地裁が認定した事実関係は以下のとおりである。
(なお、以下の事実関係は、あくまで第1審である東京地裁が認定したものであり、実際に起きた事実関係とは異なる可能性があることは付言しておく。)
・原告は、当時、サッカーの社会人4部リーグのチーム「d」のメンバーであった。
・被告らは、当時、同リーグに所属するチーム「e」のメンバーであり、被告cがチーム「e」の代表者を務めていた。
・「d」と「e」は、平成24年6月9日、サッカー場において対戦した。
・被告bは前半から出場し、原告は後半から出場した。
・試合の後半、「d」の選手が、カウンター攻撃を狙い、自陣右サイド奥(自陣側)から、自陣右サイド前方(相手陣側)に向かってボールを蹴りだした。
・自陣前方中央付近にいた原告は、右サイドに移動して、蹴りだされたボールに追いつき、右太腿でトラップし、自身の体よりも1メートルほど前方にボールを落とした。
・原告は、バウンドして膝の辺りの高さまで浮いたボールを左足で蹴ろうとして、軸足である右足を横向きにして踏み込み、左足を振り上げた。
・被告bは、カウンター攻撃を阻むべく、原告の方に走り込んでくると、その勢いを維持したまま、左膝を真っ直ぐに伸ばし、膝の辺りの高さまでつま先を振り上げるように突き出して、足の裏側を原告の下腿部の方に向ける体勢になった。
・ボールは、原告の左足が触れるよりもわずかに早く被告bの左足の左側面付近に当たってはじきだされた。
・被告bが伸ばした左足の裏側と(この被告bのプレーを「本件行為」という。)、原告の左脛部とが接触した(この接触事故を「本件事故」という。)。
・本件行為により原告が倒れたため、試合は一時中断され、原告は病院に救急搬送された。
・審判によるファウル判定、警告及び退場処分はなかった。
・原告は、本件事故により、左下腿脛骨及び左下腿腓骨骨折の傷害を負った。
・原告は、被告b及び被告cに対し、共同不法行為(民法719条1項前段)に基づき689万0854円の損害賠償金を請求した。
3 本件の争点
不法行為責任は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」(民法709条)ところ、以下、東京地裁の認定した争点のうち、①被告bは原告の受傷について「故意」があるか、②被告bは受傷について「過失」があるか、③本件行為の違法性が阻却されるかについて検討する。
4 争点①「被告bは原告の受傷について故意があるか」について
⑴ 故意とは
不法行為における「故意」とは、結果の発生を認識しながら、あえてこれをする心理状態であるとされている(大判昭和5年9月19日新聞3191号7頁)。
もっとも、「故意」といっても、いくつかのレベルのものがあり、一般的な理解としては、以下のとおり分類できる。本件に対応した具体例も記載するので参照されたい。
ア 結果が発生することを意欲している
→故意あり(確定的故意)
e.g.被告bは、あえて原告に骨折等の怪我を負わせようとしていた。
イ 結果が発生する可能性を認識しながら、これを認容している
→故意あり(未必の故意)
e.g.被告bは、このまま足を出したら原告が骨折等の怪我をするかもしれないと思ったものの、そうなったとしてもやむを得ないと考え、足を出した。
ウ 結果が発生する可能性を認識している
→故意なし
e.g.被告bは、このまま足を出したら原告が骨折等の怪我をするかもしれないと思ったものの、そうはならないと考えた。しかし、原告は骨折してしまった。
⑵ 判決の概要
東京地裁は、「ボールは原告の前方1メートルほど離れた位置に落下しており、必ずしも原告がボールをコントロールしていたといえる状況にはないし、ミートしていないながらも被告bがボールに触れて弾き出していることに加えて、審判がファウルの判定すらしていないことなどから客観的に考察すれば、被告bがボールに対して挑んだのではなく、故意に原告の左足を狙って本件行為に及んだとまで断定することはできない。」と判示した。
⑶ 私見
東京地裁は、被告bが、上記⑴のア「結果が発生することを意欲している」やイ「結果が発生する可能性を認識しながら、これを認容している」といえるレベルの心理状態ではなかったと認定したようである。
筆者としても、トラップした後のボールの位置が原告の体から1メートルほど離れていたこと、被告bが先にボールに触れていたこと等の事情に鑑みれば、足の裏を向けたことが危険ではあったものの、少しルーズになった状態のボールに対し、カウンター攻撃を阻むため、積極的にディフェンスをしたとも評価できることから、被告bが、あえて原告を骨折等の怪我を負わせようとか(上記⑴のア)、そうなったとしてもやむを得ないと考えていた(上記⑴のイ)とは断定できず、「故意」はなかったと判示していることは妥当であると考える。
ただ、東京地裁は「審判がファウルの判定すらしていないこと」を理由の一つとして認定しているが、社会人4部リーグの主審のレベルは、様々であり、なかにはサッカー経験や知識がほとんどないにもかかわらず、審判をしている者も少なからず存在していることから、この試合の主審のレベルが高かったことが客観的に証明されない限り、「審判がファウルの判定すらしていないこと」は事実としてほとんど参考にならないといえる。
5 争点②「被告bは受傷について過失があるか」について
⑴ 過失とは
不法行為における「過失」とは、予見可能性を前提とした結果回避義務違反であるといわれている(大判大正5年12月22日民録22輯2474頁)。つまり、ある結果が発生する可能性を認識でき、結果発生を回避すべき義務があったにもかかわらず、その義務を怠ったことをいう。
本件でいえば、被告bは、原告が骨折等の怪我をする可能性を認識していたとすれば、足を出すことをやめる等の方法により、原告が骨折等の怪我を負うことを回避すべき義務が発生することとなり、それでも足を出したのであれば、「過失」ありと認定されることになる。
⑵ 判決の概要
東京地裁は、「被告bは、走り込んで来た勢いを維持しながら、膝の辺りの高さまでつま先を振り上げるようにして、足の裏側を原告の下腿部の位置する方に向けて突き出しているのであって、そのような行為に及べば、具体的な接触部位や傷害の程度についてはともかく、スパイクシューズを履いている自身の足の裏が、ボールを蹴ろうとする原告の左足に接触し、原告に何らかの傷害を負わせることは十分に予見できたというべきである。
そうであれば、無理をして足を出すべきかどうかを見計らい、原告との接触を回避することも十分可能であったというべきであって、少なくとも被告bに過失があったことは明らかである。」と判示した。
⑶ 私見
サッカーにおいて、本件のような、敵チームの選手が、バウンドしたボールを蹴ろうとした瞬間に、ボールに先に(少しでも)触ることで、ボールを蹴らせないようにする行為あるいはボールの勢いを弱め方向を変えようとする行為は、珍しくなく、必ずしも反則行為になるわけではない。問題はその行為の態様である。
東京地裁の認定した事実によれば、被告bは、ボールを蹴ろうとした原告に対し、足の裏を相手に向けた状態で、勢いよく接触しており、サッカー競技規則12条に違反する反則行為であると考えられる。
原告は、おそらく、後ろ向きの状態(自陣のゴールを向いた状態)で、ボールをトラップしており、相手陣の方向の状態はほとんど見えていなかったのではないだろうか。ボールを保持した状態で、視野が狭くなっている原告に対して、足の裏を相手に向けた状態で接触したとすれば、原告にとっては見えないところから、足の裏が出てきたこととなり、このような場合、当然ながらディフェンダーの存在を意識せず、ボールを蹴るために足を振りぬくことになり、同時に相手の足の裏(スパイクの裏)を強く蹴りつけることになることから、その意味でも本件行為は危険な行為といえる。
被告bとしては、原告とボールの両方が見えていた状態であり、これに東京地裁の認定した事実関係を考慮すれば、本件行為によって、原告が負傷する可能性は認識していたと評価することが妥当であり、東京地裁の判示のとおり、「過失」があるとの認定は妥当であると考えられる。
ただ、原告が、ボールをトラップする前に、後ろを振り返る、体の向きを半身にするなどして視野を確保していれば、被告bの存在に気づくことができた可能性があり、この問題は過失相殺の問題として検討する必要がある。
6 争点③「本件行為の違法性が阻却されるか」について
⑴ 違法性とは
不法行為責任に基づく損害賠償請求権が認められるためには、その行為に違法性があったことが必要であるとされている。
民法上の明文の規定はないものの、不法行為責任について、刑法35条を参考にして、正当な業務により行われた行為には違法性がない、権利の処分権限者である被害者自身が引き受けた(受忍した)危険が現実化した場合には責任を免れることから違法性がない等と説明されている。
⑵ 判決の概要
東京地裁は、サッカーにおける違法性の一般論として、「相手チームの選手との間で足を使ってボールを取り合うプレーも想定されているのであり、スパイクシューズを履いた足同士が接触し、これにより負傷する危険性が内在するものである。
そうであれば、サッカーの試合に出場する者は、このような危険を一定程度は引き受けた上で試合に出場しているということができるから、たとえ故意又は過失により相手チームの選手に負傷させる行為をしたとしても、そのような行為は、社会的相当性の範囲内の行為として違法性が否定される余地があるというべきである。」と判示した。
その上で、本件行為について、「(サッカー)競技規則12条に規定されている反則行為のうち、」「退場処分が科されるということも考えられる行為であったと評価できる。」「相手競技者と足が接触することによって、打撲や擦過傷などを負うことは通常あり得ても、骨折により入院手術を余儀なくされるような傷害を負うことは、常識的に考えて、競技中に通常生じうる傷害結果とは到底認められないものである。」「以上の諸事情を総合すると、被告bの本件行為は、社会的相当性の範囲を超える行為であって、違法性は阻却されない。」と判示した。
⑶ 私見
東京地裁は、主に、ⅰ退場処分が科せられるほど危険性の高い行為であったこと、ⅱ原告がサッカーをする上で、骨折により入院手術を余儀なくされる程度の傷害を負うことまでは引き受けていないことを理由として、本件行為の違法性は認められると判示していることから、以下、ⅰ、ⅱに分けて私見を述べる
ア ⅰ「退場処分が科せられるほど危険性の高い行為であったこと」について
被告bの本件行為は、危険な行為であったとはいえるものの、それが「退場処分を科せられるほど危険性の高い行為」であったか否かについては、動画を検証する以外、これを判断することは難しい。
本訴訟では、動画ないし画像と思われる甲22号証、乙3号証が提出されているが、筆者はこの内容を確認していないことから、本件行為が「退場処分を科せられるほど危険性の高い行為」であるか否かを軽々に述べることはできない。
本件行為の危険性の程度に関する事実認定次第では、控訴審の結論が変わる可能性もあり得るといえる。
イ ⅱ「骨折をするほどの傷害を負うことまで引き受けていないこと」について
東京地裁が判示するとおり、通常、サッカーの試合に参加する者としては、「骨折をするほどの傷害を負うことまで引き受けていない」といえる。
もっとも、選手が、きわどいタイミングでボールに接触しようとすることにより、反則行為をすることなく、相手選手を骨折させてしまった場合はどうであろうか。
このような場合、怪我をした選手が「骨折をするほどの傷害を負うことまで引き受けていない」としても、東京地裁が判示するところのサッカーに内在する「スパイクシューズを履いた足同士が接触し、これにより負傷する危険性」が現実化したとの理由で、違法性が阻却される可能性は十分ある。
やはり、本件行為の危険性の程度が重要なキーポイントになりそうである。
7 最後に
本件事故は、サッカー社会人4部リーグの試合中に起きた悲惨な事故であり、今後、このような事故が発生しないよう大会主催者は対策を講じる必要がある。
そのためには、サッカー社会人4部リーグの趣旨・目的を明確にする必要がある。サッカー社会人4部リーグに所属している選手のなかで、現実的にプロになれる選手は皆無であるとすれば、同リーグの趣旨・目的は、サッカーという文化を広めること、サッカーを真剣に楽しむこと、サッカーを通じてチーム内外の親睦を深めることではないだろうか。
そうであれば、当該目的・趣旨に沿った試合運営が必要であり、疑わしい反則行為を積極的にファウル判定とする等のルール設定が必要であり、参加する選手側としても、当該目的・趣旨を理解した上でプレーすることが重要ではないだろうか(自戒の意を込めて。)。
執筆:酒井法律事務所 弁護士 井神貴仁