スポーツ観戦者のコンプライアンス
1 はじめに
先般、サッカー・ブンデスリーガの強豪・ドルトムントとJリーグ・浦和レッズの親善試合に起因して、浦和レッズのサポーターとされる方と衆議院議員・上西小百合氏とのTwitter上での衝突が話題となりました。騒動は、連日ワイドショーを賑わせるとともに、浦和レッズのサポーターとされる方が同議員の事務所に押し掛けたこともあって、浦和レッズ側が公式に声明を発表するまでに発展しました。
本稿は、この騒動における責任の所在や各人の言動の是非について分析、論評する趣旨のものではありませんが、一般論として、これまでにも度々、競技場内外の観戦者による言動が物議を醸してきました。
観戦者のコンプライアンスに関わる問題が生じるたびに、当該言動(暴動・暴言、侮辱的言動、差別的言動、政治的言動、等)の「問題性」については議論が繰り返されてきたものの、当該言動を防ぐために観戦者にどのような規律を求めるべきか(あるいはそもそも観戦者に直接的に規律を課すことは可能か)については、今日まであまり十分な議論がなされていないように思えます。観戦者による違法な言動は、観戦者内の秩序を乱すだけでなく、場合によっては、選手のパフォーマンスや競技結果に悪影響を与え得るものです。
以下では、競技場内外での観戦者の行為について、競技者や施設管理者はどこまで責任を負うべきか、責任を負わない場合、いかなる方法をもって観戦者に規律を求めるべきか、について考察していきます。
2 競技場内の観戦者の行為に関する管理・監督責任
多くのプロ野球やプロサッカーの試合のように、一方の競技者又は競技者の経営母体が試合を主催し、競技場の管理を担うような場合においては、問題は比較的シンプルです。競技場内における観戦者の行動を管理、監督し、競技場内の秩序を維持する責任は、第一次的には主催者(いわゆるホームチーム)側にあると考えられるからです。
主催者においては、自チームのサポーターであろうと、相手チームのサポーターであろうと、客観的に違法ないし不適切とされる言動を行わないよう観戦者を指示・指導し、場合によっては指示に従わない観戦者を退場させるといった措置をとる必要があります。管理・監督を怠った場合には、主催者自身に無効試合、無観客試合、罰金といったペナルティが科されることがあり、こうした規律を通じ、観戦者のマナーや秩序が間接的に担保されることになります。この議論はクラブチームの試合のみならず、代表戦についても当てはまるものと考えられます。
もっとも、実際の現場管理においては困難が付きまといます。「(許容される範囲の)ヤジやブーイング」と「違法ないし不適切な言動」の境界は明確ではなく、現場のスタッフが即時に適法・違法を判断することにも限界があるように思われます。差別的言動や政治的言動の中には、「当該言動の内容自体は一見すると中立的であるものの特定の文脈や背景事情と相まって初めて差別的意図や政治的意味合いが浮かび上がる」という属性のものも多く、主催者がこれらの属性を現場で即時・完全に識別することはやはり困難です。
主催者としては、競技場内におけるそうした言動をできる限り察知し、仮に看過してしまった場合であっても、当該言動を行った観戦者を速やかに特定し、入場禁止を含めた適切な措置をとるべきでしょう。また、現場スタッフに対する啓蒙や研修プログラムの充実も求められるところです。しかし一方で、前述した現場管理の困難さを考えると、観戦者による問題行動を看過ないし放置してしまった主催者側への処分を論じるにあたっては、結果の重大性のみならず、管理・監督の遂行における諸要素(競技場全体に目が行き届いていたか、事前に注意事項をアナウンスしていたか、当該観戦者を認識し得たか、当該観戦者の特定が可能か、等)に着目して総合的に判断することが望ましいものと思われます。
これらの問題状況は、中立地で試合を開催する場合や、同一競技場において同じ日に複数の試合が開催される場合、アマチュア・スポーツの試合の場合等においては、より複雑になります。
競技者に対して中立的な立場の者が主催する場合においても第一次的には試合主催者や施設管理者が秩序維持のための管理・監督責任を負うことになりますが、一方の競技者ないし競技者の経営母体(ホームチーム)がこれを担う場合に比べ、主催者に規律を課すことが観戦者による違反行為の抑止になり難いように思われます。
また、問題のある言動をした観戦者がどの競技者のサポーターか(あるいはいずれの競技者のサポーターでもないのか)が必ずしも判然としない場合には、(そもそも「どの競技者のサポーターであるかを責任の所在における基準にしてよいか」という議論を措くにしても、)、責任の所在が不明確になりがちです。
そうなると、主催者や管理者による現場の即時の対応に期待せざるを得ないことになりますが、当該対応に困難と負担が伴う点については、前述したとおりです。とりわけ、アマチュア・スポーツにおいては、安全対策以上の管理責任を課すことは、主催者や施設管理者にとり過大な負担であるように思われます。
3 競技場外の観戦者の行為に関する管理・監督責任
競技場外での観戦者、サポーターの問題行動に関しては、従来、スポーツバーやパブリックビューイングにおけるそれが話題とされてきましたが、昨今、SNS等の普及、発達により、観戦者、サポーターがオンライン上で行った言動が物議を醸す例がしばしば見受けられます。
この中には、自身が応援する競技者の対戦相手に向けた脅迫的な内容を公に発信する例もあれば、特定の競技者のサポーターを称して第三者に対して誹謗中傷のダイレクトメッセージを送付する例も見られます。
競技者側からの挑発行為があったような例外的な場合を除けば、このような観戦者の言動についてまで競技者や競技者の所属団体の管理責任を問うことは難しく、そのことについてはほぼ異論はないところかと思われます。冒頭で触れた騒動について「関与しない」と表明した浦和レッズの対応は、その意味において正当であるといえます。
とはいえ、競技者や主催者としては、SNS等における発信内容に無関心ではいられず、例えば、競技場における違法行為の予告等があった場合には、警察への通報や警備員の配置等、迅速な対応が求められます。SNS等の普及によって、主催者の実務負担がなし崩し的に増加しているといえます。
また、繰り返されるインターネット上の違法行為については、発信者情報開示請求等を通じて発信者を特定していくという手段も考えられますが、開示を請求する側において多大な時間的・費用的負担を要し、結局、サイト管理者側の任意による投稿削除やアカウント停止等に期待をせざるを得ないのが実情かと思われます。
4 観戦者に求められるコンプライアンス
以上のとおり、管理者サイドに規律を課すことを通じて観戦者やサポーターのコンプライアンスを維持するにも限界があり、結局のところ、観戦者自身の自律に秩序維持を委ねざるを得ない現状が窺えます。
観戦者の「観る自由」はできる限り保障されなくてはなりませんが、一方で観戦者にも一定の規律が求められて然るべきですし、成功的な競技の実施のためには、競技者、管理者のみならず観戦者による協力が不可欠です。
スポーツ界としては、管理者サイドへの負担が過大になりがちな現状を認識した上で、この問題に関する議論を活発化させ、必要に応じて観戦者に対する啓蒙活動を行っていくことが望まれます。
その過程においては、例えば「団体又は協会において観戦ガイドラインを示し、観戦者に対して求める規律の内容及びこれに違反した場合に科され得るサンクションの内容を、当該規律を求める理由や経緯と併せて公表する。」、「観戦者が規律に違反した場合の実際の処分例を公表するとともに、競技場内においても掲示物、アナウンスや配布物等をもって処分の可能性を周知する。」といった、観戦者との間に緊張関係を持ち込む方策も、今後、必要になってくるかもしれません。
以 上
執筆:のぞみ総合法律事務所 弁護士 劉 セビョク