スポーツ紛争解決制度の日米比較 その1
1 はじめに
代表選考を巡る紛争や競技者に対する資格停止処分を巡る紛争など、スポーツ紛争は、法律上の争訟に該当しない場合があるほか、迅速な解決が求められる、アンチ・ドーピング規則など専門性が求められるなどの特殊性を有する。こうしたスポーツ紛争の特殊性に鑑み、我が国では、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「JSAA」という)が、スポーツ紛争専門のADR機関として、競技団体と競技者等との間のスポーツ紛争の仲裁手続及び調停手続を実施している。
そして、スポーツ基本法第15条は、「国は、・・・スポーツを行う者の権利利益の保護が図られるよう、スポーツに関する紛争の仲裁又は調停を行う機関への支援・・・その他のスポーツに関する紛争の迅速かつ適正な解決に資するために必要な施策を講じるものとする」と規定し、スポーツ庁『第2期スポーツ基本計画(中間報告)』においては、「クリーンでフェアなスポーツの推進によるスポーツ価値の向上」が一つの柱として掲げられ、その具体的施策として「コンプライアンスの徹底、スポーツ団体のガバナンスの強化及びスポーツ仲裁の促進」が謳われていることからすれば、スポーツ価値の向上を図る上では、スポーツ仲裁手続及び調停手続をこれまで以上に推進し、JSAAの紛争解決機能をより高めていくことが必要である。
この点、米国においても競技力向上の一環としてスポーツ紛争に関するADR制度が実施されているが、米国のスポーツ紛争解決制度は、紛争解決制度の根拠や手続、仲裁合意への強制力など、我が国と異なる点が少なくない。
以下、我が国のスポーツ紛争解決制度の発展に寄与するべく、日米のスポーツ紛争解決制度を比較する。
2 紛争解決機関と対象
(1) 日本-JSAA
日本におけるスポーツ紛争の解決機関であるJSAAは法律上の設置根拠を有するADR機関ではない。もっとも、JSAAはスポーツ基本法15条の「スポーツに関する紛争の仲裁又は調停を行う機関」に当たる機関として我が国のスポーツ政策の中に位置づけられている。
JSAAが実施する手続のうち、中心的に利用されているのは、スポーツ仲裁規則に基づくスポーツ仲裁手続である。その対象とする紛争は、スポーツ紛争のうち、「競技団体(JSAAスポーツ仲裁規則3条1項)」が「競技者等(同規則3条2項)」に対して行った決定ついての不服の紛争である。
JSAAでは、上記のほか、あらゆるスポーツ紛争を対象とする特定調停合意に基づくスポーツ調停手続、ドーピング紛争に関するスポーツ仲裁手続、プロスポーツ等商業的スポーツ紛争を想定した特定仲裁合意に基づくスポーツ仲裁手続などを実施しており、利用実態は別として、あらゆるスポーツ紛争を対象としている。
(2) 米国-USOC及びAAA
米国のスポーツ紛争解決制度は、連邦法であるTed Stevens Olympic and Amateur Sports Act(以下「Ted Stevens Act」という)により規定されている。Ted Stevens Actは、United States Olympic Committee(以下「USOC」という)に対し、国内統括団体を含むUSOC加盟団体や競技者、コーチ等の利害対立の解決を促進する権限を与えている(Ted Stevens Act 220505(c)(5))。これを受け、USOCは、USOC規則を策定し、競技大会への参加資格や国内統括団体等のコンプライアンス・入替に関する苦情解決制度(前1者については調停、後2者については仲裁)を実施している(USOC規則Section9~11)。
また、American Arbitration Association(以下「AAA」という)は、商事仲裁などとともに、スポーツ紛争とドーピング紛争に関する仲裁手続を実施している。競技者等は、USOCにより苦情が解決されない場合、AAAに仲裁申立をすることができる。
このように、米国のスポーツ紛争解決制度は、USOCとAAAが中核を担っているが、Ted Stevens Actはプロスポーツリーグには適用がないため、プロスポーツの紛争解決には利用できない。米国のプロスポーツリーグでは、歴史上団体交渉を通じて、リーグと選手会のパワーバランスの一要素として、独自の紛争解決制度を発展させてきた経緯があるためである。
3 紛争解決の迅速性
(1) JSAA
スポーツ紛争は、その性質上、迅速な解決が求められるところ、JSAAのスポーツ仲裁手続は、仲裁判断言渡しまでの平均期間が5ヶ月程度の通常仲裁手続のほか、JSAAが事態の緊急性又は事案の性質に鑑み極めて迅速に紛争を解決する必要があると判断した場合には、事案を緊急仲裁手続に付される(JSAAスポーツ仲裁規則50条1項)。緊急仲裁手続の場合、申立から仲裁判断の言い渡しまで平均で3週間(最短で0日)であり、迅速な紛争解決がなされている(同規則50条4項)。
もっとも、スポーツ紛争に関し自主的な解決ができない場合、JSAAへ仲裁を申し立てるほか、事実上、紛争解決の方策はなく、競技者等の権利擁護が十分でない場合も少なくないといえる。
(2) USOC及びAAA
米国では、競技大会への参加資格に関しては、仲裁機関であるAAAへの仲裁申立に先立ち、USOCへの苦情申立を行うことになる。USOCの苦情申立制度では、Athlete Ombudsmanと呼ばれる職員が、助言(電話相談を含む)、調停補助をすることで、AAAにおける仲裁に至る前の早期の紛争解決を促進している(Ted Stevens Act220509(b)、USOC規則section13)。なお、USOCへの苦情申立はAAAへの仲裁申立の必要条件であるが、解決までに時間的余裕のない事案では、競技者は、USOCへの苦情申立と同時に、AAAへの仲裁申立を行うことができる(USOC規則Section9.7)。
その2へ続く
執筆:関口・冨田法律事務所 弁護士 冨田 英司