スポーツ紛争解決制度の日米比較 その2
4 専門性
(1) JSAA
JSAAの仲裁手続の仲裁人は、仲裁人候補者から選定される(例えばスポーツ仲裁規則50条1項)。仲裁人候補者は、主に競技団体又は現仲裁人の推薦等を受けた弁護士や学者等によって構成される。
もっとも、仲裁人候補者の要件として、上記推薦以外のものはない。
(2) USOC及びAAA
USOCのAthlete Ombudsmanの要件は明らかではないが、USOCは、元競技者の弁護士を選任している。
AAAの仲裁人候補者リストは、仲裁分野ごとに分かれており、スポーツ仲裁・ドーピング仲裁の仲裁人は、法律家に限定され、かつ10年程度の経験と推薦が要請され、AAAによる事情聴取を経て仲裁人候補者となる。仲裁人候補者は毎年一定の研修受講が義務づけられている。なお、ドーピング仲裁に関しては、AAAの仲裁人候補者であるだけでなく、CAS(Centre of Arbitration for Sport)の仲裁人候補者であることが仲裁人選定の条件とされ、さらに高度の専門性が確保されている。
5 不服申立権の保障-仲裁合意の強制力
(1) JSAA
商事仲裁などと同様、JSAAのスポーツ仲裁制度を利用するためには、申立人たる競技者と被申立人となる国内統括団体等のスポーツ団体との間に仲裁合意が必要である(JSAAスポーツ仲裁規則2条2項)。そして、申立毎に競技団体と個別の仲裁合意を取り付ける方法では、利便性・迅速性の観点からは、必ずしも競技者等の不服申立の機会が保障されているとはいえないことから、競技団体による仲裁自動応諾条項の採択が重要となる。(例えば「○○のする決定に対する不服申立は、公益財団法人スポーツ仲裁機構の『スポーツ仲裁規則』に従ってなされるスポーツ仲裁により解決されるものとする」など)。
しかし、現在、JOC、JPC、日体協、JOC加盟・準加盟団体、日体協加盟団体・準加盟団体、都道府県体育協会、JPC加盟・準加盟団体のスポーツ団体のうち、JSAAの仲裁自動応諾条項を採択しているのは46.1%に過ぎず(2017年1月16日時点)、競技者の不服申立権が保障されているとは言い難い状況である。
(2) AAA
米国でも、スポーツ仲裁に利用に仲裁合意が必要な点は相違ないが、国内統括団体は、Ted Stevens Actにより、仲裁応諾が義務づけられている。すなわち、国内統括団体は、国内統括団体であることの条件として、競技大会に参加する機会に関するいかなる紛争についてもAAAにおけるスポーツ仲裁に服することに同意する必要がある(Ted Stevens Act220522)。
このため、米国では、代表選考や資格停止等、競技大会への参加に関わるスポーツ紛争において、仲裁不応諾や仲裁自動応諾条項の存否等が問題となることはなく、その意味で競技者の不服申立権が完全に保障されているといえる。
ちなみに、国内統括団体の多くは、USOC規則が定める国際大会(USOC規則Section9等)に限定して、AAAの仲裁に服する旨の規定を備えているに過ぎないものの、AAAはTed Stevens Act220522を直接の根拠として、国内統括団体の仲裁合意が米国国内大会に関する参加資格の紛争にも及ぶと判断したため(AAA77 190 E 00297 08)、競技者の不服申立権は、国内大会・世界大会の両レベルにおいて保障されているといえる。
6 日米の比較からみる我が国のスポーツ紛争解決制度の改善の方向性
まず、我が国と米国とは、紛争解決制度の法的根拠が大きく異なり、それに由来して、仲裁による紛争解決の鍵となる仲裁合意の強制力が全く異なる。この点で、我が国のスポーツ紛争解決制度における不服申立権の保障は、米国に比べ弱いといわざるを得ない。もっとも、我が国にTed Stevens Actのような法律制定を期待することは現実的ではなく、実際にはスポーツ団体に対する仲裁自動応諾条項の採択のキャンペーンを行い、その前提としてスポーツにおけるコンプライアンスの重要性の啓発が重要となってくると思われる。
紛争解決制度の利便性・迅速性に関していえば、米国のAthlete Ombudsmanを中心とした苦情申立制度は我が国にも大いに参考となる。JSAAは、公平で第三者的な仲裁・調停機関であるため、助言等競技者に寄り添った活動は難しい面があるものの、コンプライアンスの担い手として競技者補助事務員などの制度を設けることは不可能でないと思われるし、JOCや日体協、弁護士会が競技者の紛争解決補助のための一元的な制度を構築することも十分に検討に値すると思われる。
また、専門性についても、我が国は米国より十分ではないと思われる。スポーツ紛争・ドーピング紛争に関する教育を通して、専門知識を持った人材育成を推進する必要があろう。
米国のスポーツ紛争解決制度は、競技力向上を目的にUSOCに権限を集中させる法政策のある意味副産物的なものともいえるが、我が国が見習う点も少なくないと思われ、こうした比較も通し、今後、JSAAを中心としたスポーツ紛争解決制度の競技者の権利擁護を中心に据えた推進が求められる。
執筆:関口・冨田法律事務所 弁護士 冨田 英司