2019年8月2日、国際水泳連盟(Fédération Internationale de Natation: FINA)と競泳競技の日本人アスリートである古賀淳也選手が、古賀選手に課されていた4年間の資格停止処分を、2年間の資格停止処分に変更する合意に至ったことがわかりました。
合意に至った経緯として、スポーツ仲裁裁判所(Court of Arbitration for Sport: CAS)が公表したリリース文には、「古賀選手の検体からostarineとligrandrolという禁止物質が検出されたことの最もあり得る原因が、汚染されたサプリメントであるということに、FINAと古賀選手が合意したため」という記載があります[i]

「汚染されたサプリメント」とは?

世界アンチ・ドーピング規程(World Anti-Doping Code: WADC)には、「汚染製品」という用語の意味が定められています。これを見ると、「汚染製品」とは、「製品ラベル及び合理的なインターネット上の検索により入手可能な情報において開示されていない禁止物質を含む製品」をいいます[ii]。つまり、「汚染製品」とは、ラベルやインターネットの情報を見ても、禁止物質が入っていることが表示されていない製品ということです。
この用語を参考にすると、CASのリリース文にある「汚染されたサプリメント」という記述は、禁止物質が入っていることが表示されていないサプリメントを意味していると考えられます。ここから、古賀選手のアンチ・ドーピング規則違反は、禁止物質が入っていることが表示されていないサプリメントが原因だったのではないかと推測されます。

2年間の資格停止処分の意味

古賀選手は2年間の資格停止処分を受けることになりましたが、過去の例からして、この処分は妥当なのでしょうか。以下、処分を決定するステップを順に追って見ていきます。

① 第一ステップ:検出された禁止物質は、特定物質かそうでない物質か

2015年WADCやFINA Doping Control Rules[iii](以下これらを総称して「2015年Code」といいます)において、資格停止処分を決定する手続を考える際には、禁止物質が特定物質かそうでない物質かを確認する必要があります。
今回、古賀選手の検体から採取された禁止物質は、禁止表国際基準上、特定物質ではない物質と位置づけられている物質です(禁止表国際基準S1.2)[iv]。以下、特定物質ではない物質を「非特定物質」といいます。

② 第二ステップ:違反が「意図的」か?

アスリートの検体から非特定物質が検出された場合、アスリートの側が、違反が「意図的」でないことを立証できない場合、資格停止期間は4年間となります(2015年Code10.2.1項及び10.2.1.1項)。他方、アスリートの側が「意図的」でないことを立証できた場合は、資格停止期間は2年間となります(2015年Code 10.2.2項)[v]。今回、古賀選手とFINAとの間で、資格停止処分を2年間とする和解が成立したことから考えると、古賀選手は、CASの手続において「意図的」でないことの立証には成功していたものと推測されます。

③ 第三ステップ:「過誤」の程度は?

2015年Codeにおいては、非特定物質による違反が「意図的」でない場合、アスリートがさらに「重大な過誤又は過失がないこと」を立証することができれば、「過誤」の程度に従って資格停止期間をさらに短縮することができます(2015年Code10.5項[vi])。
古賀選手の資格停止期間が2年間に留まり、それ以下に短縮されなかったことを踏まえると、CASの手続において、古賀選手には、今回の事実関係に照らして「重大な過誤又は過失がないこと」が認められる見込みは薄かったことが推測されます。
2015年Code下における「汚染されたサプリメント」による違反のケースは、筆者の知る限り、日本でも3例あります[vii]。この3例では、いずれも「重大な過誤又は過失がないこと」が認められ、その結果、資格停止期間は2年間からさらに短縮されています[viii]。「過誤」の程度は、アスリートがサプリメントを摂る上で実際に行った行動等により評価されるため[ix] 、一概に言えるものではありませんが、古賀選手の事例は、過去の日本のケースからすると、やや厳しい結果となったと言えると思います。

サプリメントに潜むリスク

今回、古賀選手の資格停止期間が2年間より下がらなかったことで、汚染サプリメントによるアンチ・ドーピング規則違反であっても、厳格な処分が課せられることを思い知らされました。日本でも競技活動に際し、サプリメントを摂取しているアスリートは少なからずいます。競技活動を行うアスリートは、古賀選手の事例を踏まえ、サプリメントの摂取には汚染によるアンチ・ドーピング違反となるリスクが伴うことを改めて認識する必要があると思います。

執筆:Field-R法律事務所 弁護士 杉山 翔一
※ 本コラムは、執筆者個人の意見・見解を記載したものであり、当センターの意見・見解を示すものではありません。


[i] 2019年8月2日付けCASプレスリリース:『CAS ratifies the Settlement Agreement reached between Junya Koga and the International Swimming Federation (FINA)』、https://www.tas-cas.org/fileadmin/user_upload/CAS_Media_Release_5984.pdf(2019年8月4日アクセス)
[ii] 公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構「世界アンチ・ドーピング規程2015版(日本語翻訳)」付属文書1 定義参照、https://www.playtruejapan.org/upload_files/uploads/2018/04/jadacode2015v4_20180401.pdf
[iii] FINA Doping Control Rules、https://www.fina.org/sites/default/files/fina_dc_rules.pdf(2019年8月4日アクセス)
[iv] 公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構「禁止表国際基準(日本語翻訳版)」、https://www.playtruejapan.org/upload_files/tpl_2019.pdf(2019年8月4日アクセス)
[v] 古賀選手が、第一審にあたるFINAのDoping Panelにおいて4年間の資格停止処分を受けたのは、「意図的」でないことを立証できなかったからと推測される。
[vi] 非特定物質による違反が「汚染製品」による場合、資格停止期間は、0~24か月の範囲(2015年Code10.5.1.2項)で決定され、「汚染製品」ではない場合は12~24か月の範囲(2015年Code10.5.2項)で決定される。
[vii] 日本アンチ・ドーピング規律パネル2016-007事件、JSAA-DP-2016-001号仲裁事案(http://www.jsaa.jp/award/DP-2016-001.html)、日本アンチ・ドーピング規律パネル2017-001事件
[viii] 日本アンチ・ドーピング規律パネル2016-007事件の処分は、資格停止期間を課さないけん責処分。JSAA-DP-2016-001号仲裁事案の処分は、資格停止期間4か月。日本アンチ・ドーピング規律パネル2017-001事件の処分は、資格停止期間7か月。
[ix] 一般論として、競技者が行うべきとされていること、すなわち、①製品のラベルを読み、又はその他の方法で含有物を確かめること②禁止表と照らし合わせること、③インターネットサーチを行うこと、④製品が信頼できるところから出ているものかを調べること、⑤製品を摂取する前に適切な専門家に相談し、指示を受けることを行っている場合、「過誤」の程度は低く評価されると解されている。