プロ野球のファールボール事故を巡っては,当コラムの2015年5月6日の欄で取り上げられており,酒井俊皓弁護士がクリネックススタジアム宮城に関する仙台地裁平成23年2月24日判決と,札幌ドームに関する札幌地裁平成27年3月26日判決とを比較して論じている。

 ところで,その後,平成28年5月20日,札幌ドームについて,札幌高裁において控訴審判決が言い渡された(LLI/DB判例秘書搭載,判例番号L07120183)。この札幌高裁判決は,被害者に対する損害賠償を認めてはいるが,札幌地裁判決とは考え方がかなり異なっており,今後,プロ野球関係者がファールボール事故に対してどのように対応するかを考えるに当たり,少なからぬ影響を与えることが予想される。
 札幌地裁判決は,①プロ野球の観戦に球場を訪れる者は多様であり,臨場感を最優先にしている者ばかりとは限らない,②視認性や臨場感を優先させる者の要請に偏して安全性を後退させることは,プロ野球の球場の管理として適正なものということはできない,③札幌ドームの安全設備については,フェンスの高さはファールボールの飛来を遮断できるものではなく,これを補完する安全対策においても,ごく僅かな時間のうちに高速度の打球が飛来して自らに衝突する可能性があり,打者による打撃の後,ボールの行方が判断できるまでの間はボールから目を離してはならないことまで周知されていたものではない,として,札幌ドームの安全設備は通常有すべき安全性を欠き,瑕疵があったと判断した。

 これに対し,札幌高裁判決は,①球場におけるプロ野球の観戦は,本質的に危険性を内在している,としながらも,②プロ野球観戦は「国民的娯楽の一つ」となっており,観客も,プロ野球の観戦に伴う危険を引き受けた上でプロ野球の球場に来場している,③観客の側にも,基本的にボールを注視し,ボールが観客席に飛来した場合には自ら回避措置を講じるなどの相応の注意をすることが求められている,④臨場感もプロ野球観戦にとっての本質的要素となっており,これが社会的にも受容されていた,⑤プロ野球の球場として通常の観客がどの程度の安全設備を備えることを求めているか及びどのような野球場が現実に社会的に受容されているかということも当然考慮されるべきである,⑥札幌ドームの内野フェンスの高さは,他の球場におけるフェンス等と比較しても,特に低かったわけではないから,社会通念上プロ野球の球場が通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない,として,札幌ドームの安全設備に瑕疵はなかったと判示した。

 他方,札幌高裁は,被害者が観戦に至った経緯として,球団が小学生を球場に招待することを企画し,この企画に応じて子供らの保護者として来場したこと,事故の起きた座席はファールボールが衝突する危険性が高い座席であったが,この企画では選択可能とされていたこと,球団は,来場する保護者の中には,本件の被害者のように,ファールボールの危険性をほとんど認識していない者や,小学生や幼児を同伴している結果,ボールを注視して自ら回避行動を講じることが事実上困難な者も含まれている可能性を十分予見できたことを認定して,球団の安全配慮義務違反を認め,球団に対してのみ損害賠償責任を認めた(もっとも,内野自由席の中で相対的に危険性が高い座席を被害者の夫が選択したことをもって被害者側に過失があったと認定し,本件事故の過失割合を球団側8割と認定した。)。

 札幌地裁判決が,ファールボールが観客の生命身体に及ぼす危険性を指摘し,かつ,プロ野球観戦に球場を訪れる者が多様である以上,臨場感を優先して安全対策を後退させることは許されないと判断したのに対し,札幌高裁判決は,プロ野球が国民的娯楽として定着していることを前提に,プロ野球の通常の観客は危険を引き受けており,臨場感もプロ野球の本質的要素として社会的に受容されていることを指摘して,球場の安全対策としては通常の観客について求められるものを備えることで足りると判断した。他方で,札幌高裁判決は,観客の中に,危険性を認識していない者や自ら回避行動をとることが困難な者が含まれていることに対しては,球団が安全対策を講じるべきであり,これを怠ると安全配慮義務違反となると指摘している。

 札幌地裁判決が,危険性を認識していない者が多く来場していることを重視して施設の安全性を判断しているのに対し,札幌高裁判決は,プロ野球が多くの人から支持されている現状を踏まえ,これを前提として「通常の観客」「通常の球場」を想定して施設の安全性を判断しており,プロ野球の現状に配慮して妥協点を探ったいわば大人の判断と評することができる。もっとも,「球場の安全性」と「通常でない観客の安全確保」とを分け,後者を球団の安全配慮義務の問題とした点は,これまでにない新たな考え方であり,仮にこのような考え方をとった場合,球団にはどのような安全配慮義務が生じるのかについては,プロ野球の現場においても様々な議論を呼び起こす可能性がある(なお,札幌高裁判決は,双方が控訴せず,確定している。)。
ところで,筆者は高校野球の経験者であり,なおかつ硬式ボールを顔面でキャッチして大怪我をし,ものすごく痛い思いをしたことがある。硬式ボールは,実は,経験者にとっても「怖い」ものであり,その怖さが一般には余り知られていないことからすれば,札幌地裁判決の判示は素直に理解できる(札幌地裁判決によると,裁判官がファールボールの再現に立ち会ったとされており,あるいはそこで硬式ボールの怖さを裁判官が体験したのかもしれない。)。

 他方で,プロ野球ファンの心情に照らせば,札幌高裁の妥協的な判断も理解できないではない。しかし,硬式ボールの怖さは,もっと多くの人に知らせる必要性がある。キャッチボールイベントとか,投手の速球の体験施設などはどうだろうか。また,グローブの着用,庇つきのキャップの着用を推奨することもよいだろう。そもそも,打球と事故の関係を分析すれば,どこが危険な座席かは球場・球団には一目瞭然のはずだ。座席の色分けは困難でも,チケットや座席に見やすい注意書きを表示するくらいはできるだろう。チケット販売の窓口で購入時に注意事項を伝えることがあってもよい。

 プロ野球観戦には,臨場感と安全確保とを両立させることが求められている。球団,球場などのプロ野球関係者は,札幌高裁判決を契機に,その両立のために知恵を絞らなければならなくなったといえよう。

以 上

執筆:新四谷法律事務所 弁護士 伊東卓