スポーツ事故についての情報収集・情報公開の実施を、そして保険制度の充実を
2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まり、メダル獲得へ向けた強化策が次々と打ち出されている。国からの補助は今後も更に増えるのではないかと予想される。
しかし、折角の東京開催をメダル獲得だけに終わらせて欲しくない。東京開催が、日本での真のスポーツ振興を成し遂げる新たなきっかけとなって欲しい。
そこで注目して欲しいことの一つがスポーツ事故対策である。スポーツがある程度危険を伴う以上、事故は毎年残念ながら一定程度発生し続けている。死亡事故や重症事故も毎年発生している。
スポーツの効用を考えれば、事故が発生するからといってスポーツ自体を否定することはできない。そのためにもスポーツ事故の発生をできるだけ防ぐ必要がある。特に、死亡事故や重症事故については、必ずなくせるはずである。
事故発生を防ぐためには、まずどのような事故が、どうして発生しているのか。被害状況を踏まえた上で、対策を講じる必要がある。
ところが、スポーツ事故に関しての情報を纏めて調査集約する機関がない。学校事故(大学は除く)に関しては、スポーツ振興センターが災害給付金制度を設け、スポーツ少年団等のスポーツ団体についてはスポーツ安全保険の制度があるが、いずれも対象が限られている。集められる事故情報も保険金等の支給のための情報が中心となっており、再発防止の観点から必要となる情報としては不十分である。スポーツ団体の中にはラグビー協会のように、独自の見舞金制度を設けて、支給している団体もあり、事故情報が集まっているはずであるが、事故件数や内容についての情報は公開していない。
事故発生を防止する上で必要となる事実関係についての統一的な情報収集・公開がなされておらず、事故発生防止の視点からの分析もなされていないのが現状である。
柔道事故に関しては、毎年のように死亡事故が報道され、ご遺族からの損害賠償請求訴訟や刑事告訴も続き、「柔道事故被害者の会」が設立され対策を強く呼びかけていた。全柔連も遅きに失するとの批判を受けながらも、事故件数等の公表や、事故対策に乗り出した。その効果もあってか、最近の調査(徳島大学永広信治教授)では2012年以降は死亡事故が発生していないという報告がなされている(読売新聞2015年3月5日)。事故対策の効果についての検証が十分なされたわけではなく、重症事故は残念ながらまだ発生しているが、死亡事故が3年連続ゼロという事実は注目すべき事象である。
スポーツ基本法も安全対策を繰り返し求めている。スポーツ庁の早期設立と共に、国や自治体、スポーツ団体等がスポーツ事故対策にもメダル獲得対策と同じ想いで本腰を入れて欲しい。まずは、事故情報の集約、情報開示をなし、多くの研究者による分析・検討がなされ、少しでも事故対策が前に進むことを切望する次第である。
もう一つ、事故対策として忘れてはならないのは、一定数の事故発生が不可避であるとするならば、不幸にして被害を受けたスポーツ事故被害者の補償をどのようにすべきなのかという点である。
先日、プロ野球観戦でボールが目に当たり失明した事案で、球団や施設管理者に賠償責任を認める地裁段階の判決がでた(球団らは控訴したので判断はまだ確定していない)。今日、小学生が校庭でサッカーボールを蹴ったところ道路に飛び出し、それを避けようとしたバイクの運転者が転倒し、その後死亡した事案で、遺族から小学生の親らへの賠償請求を認めた一審、二審の判決を最高裁が覆す判断をした。
いずれの事案も両者ともにそれぞれに言い分があるところであり、意見が割れるところであろう。ただ、スポーツ被害については自己責任であるとして何らの補償がなされないと断ずるだけであるとすれば、スポーツの奨励は難しい。また、スポーツ事故の解決について法廷で争うしかないとすれば、手続き負担等も考えればスポーツ振興にとってはマイナスである。スポーツ事故保険、賠償制度、紛争解決制度等についての充実も求められている。
同志社大学スポーツ健康科学部客員教授
弁護士 桂 充 弘
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