ファウルボール事故訴訟に関する考察
1 はじめに
プロ野球の試合の観戦中,ファウルボールにより,負傷した観客が,球場等に対し,訴訟を提起し,球場に設けられていた安全施設等が,通常有すべき安全性を欠いていたとして,工作物責任(民法717条1項)及び営造物責任上の瑕疵(国家賠償法2条1項)に基づき,損害賠償請求をした事案が注目を集めている。一つは、仙台地裁平成23年2月24日判決(楽天対西武戦)であり,もう一つは,平成27年3月26日判決(日ハム対西武戦)である。
両訴訟の事案は,いずれもプロ野球の試合の観戦中,ファウルボールにより,内野席において観戦していた観客が負傷したという点で共通しているが,仙台地裁は,球場側の法的責任を一切認めなかったのに対し,札幌地裁は,球場側の法的責任を認めたのである。
そこで,以下,両判決の結論がなぜ異なったのかという点について,若干の考察をする。
2 なぜ両判決の結論が異なったのか
両判決は,球場側が,「どの程度の安全設備を設けるべきか」という点について,考え方が大きく異なっている。そこで,球場側が,「どの程度の安全設備を設けるべきか」という点につき,①球場側に求められる安全性,②観客側に求められる注意義務の内容,③プロ野球観戦にとって本質的な要素である臨場感という3つの視点にたって,以下検討する。
⑴ 球場側に求められる安全性
【仙台地裁】当該球場のフェンスは,4.29mないし4.79mという高さであり,ライナー性の打球を防ぐために十分な高さであること,チケットの裏面や場内の看板に「ファールボールにご注意ください」等と記載されていること,ファウルボールが観客席に入る際には警笛を鳴動させていることから,安全対策としても合理的とする。
【札幌地裁】野球が我が国において長年親しまれてきたスポーツであり,国民的な娯楽であることから,球場に訪れる観客は多種多様であり,子どもや高齢者の付添いとして訪れる者が存在し,これを球場側が認識していることを前提として,フェンスの高さが約2.9mであり,ライナー性の打球を防ぐために十分な高さではないこと,場内の看板や警笛により注意喚起をしたとしても,本件のように打撃から約2秒というごく僅かな時間では観客に衝突する可能性があるとする。
⑵ 観客側に求められる注意義務の内容について
【仙台地裁】試合競技続行中の状態では,1つのボールしか使用されないのであるから,観客としては投球動作に入るごとにボールの行方に注意を向ければ,ファウルボールによる危険は回避しうるのが通常と判断している。
【札幌地裁】野球の試合で使用されるボールは1個のみであるから,打球の行方を注視することは,観客に求められる注意義務の中心をなす基本的な義務であるとしつつ,投手が投球し,打者が打撃によりボールを放つ瞬間を見逃すことも往々にしてあり得るから,打球の行方を見失ったりした場合には,自ら周囲の観客の動静や球場内で実施されている注意喚起措置等の安全対策を手掛かりに,飛来する打球を目で捕捉するなどした上で,当該打球との衝突を回避する行動をとる必要があるという限度で注意義務が認められるのであって,かつそれで足りるというべきあると判断している。
⑶ プロ野球観戦にとって本質的な要素である臨場感
【仙台地裁】年間購入席の契約更新時において,フェンスの視線障害に関する苦情が14件,購入席の移動が39件あるなど,ネガティブな反響がある等,これ以上,観客の安全性の確保を目的として,内野席フェンスの高さを上げる等の措置を講じることは,かえってプロ野球の本質的要素である臨場感を損なうことになりかねないと判断している
【札幌地裁】臨場感を確保することが重要であることは否定されないとしつつ,臨場感を優先する者の要請に偏してこれらの設備や対策により確保されるべき安全性を後退させることは,プロ野球の球場の管理として適正なものということはできないとした上で,球場側が,防球ネットを設置しないことにより,臨場感を高め,観客を増加させているのであれば,これによって多くの利益を得ているのであるから,他方において,防球ネットを設置しないことにより,ファウルボールが衝突して傷害を負った者の損害を賠償しないことは,到底公平なものということはできないのであると判断している。
3 結語
仙台地裁は,プロ野球観戦に行く観客であれば,当然にボールの行方を注視する義務があることを前提として,球場の設備や安全対策が十分であるかを判断しているのに対し,札幌地裁は,観客のなかには様々なものがおり,ボールから目を離すことが往々にしてあるため,球場としてはこれを前提として,安全設備等の対策をすべきであると判断していることから,両判決の結論は異なるものとなっている。
弁護士 酒 井 俊 皓