先日、甲子園出場をかけた県予選大会において、プロも注目するエースピッチャーが登板しないまま敗退したことがニュースで取り上げられていた。当然であろうが監督も苦渋の決断だったようだ。

これまで甲子園に関しては、安楽智大投手(現・楽天)が、2013年の春の選抜高校野球大会において一人で772球を投げ抜いたことなどが肯定的にメディアで取り上げられてきたように、エースピッチャーが、一人で学校、地域の期待を背負い投げ続けることを求められ、それがまた美談・感動秘話等として語られてきた。そこでは選手の心身の健康、安全、将来の可能性が無視されてきたといってよい。

そうした中での冒頭のニュースは、当然のことであるとはいえ、世の中の考え方に少しずつでも変化が生じてきたことの一つの表れでないかと、私は肯定的に捉えている。

こうした問題は日本特有かというと必ずしもそうではないようである。アメリカでは、野球に限らず親が子供に対して大きな期待を寄せ(そこにはアメリカにおける日本とは異なる大学スポーツの特徴が大きく影響している)、子供の心身の状態を顧みずにひたすら特定のスポーツのみに打ち込ませ、厳しい練習環境に置いてしまうことがあり、他方、監督・コーチは自分の実績を上げるため、時としてエースと呼ばれる投手に無理をさせてしまう(日本も同様であろう)。そこには子供(青少年アスリート)の意思、健康は脇に追いやられてしまっており、日本と同様の問題を抱えているのである。

一方で、こうした現実を重要な問題として捉え、具体的な取組もなされてきている。その一つが、2014年11月、MLBが「Pitch Smart」という公式サイトを立ち上げ、同サイトにおいて18歳以下のアマチュア投手を対象としたケガの防止のためのガイドラインを公表したことである([http://m.mlb.com/pitchsmart/])。

同ガイドラインは、日本でもトミージョン手術で有名な医師をはじめとする医療専門家チームが組織され、同チームで過去のデータもふまえて検討を重ねて作成された。8歳以下、9~12歳、13から14歳、15~18歳のグループごとに、投球数、投球間隔等が定められている。このようなガイドラインを医療界とスポーツ界が協力して作り上げたことも素晴らしいが、さらに、プロであるMLBとアマチュアの全米野球協会が協力し、プロ・アマ関係なく、野球界として問題を認識し、ガイドラインを作り上げたことにも大きな意味がある。

再び日本に戻るが、決して何も対策が練られていないわけではない。公益財団法人日本高等学校野球連盟を中心に、投手のオーバーユースが問題視され、実際に、準々決勝と準決勝との間に休養日が設けられたり、春季地区大会ではタイブレーク制が採用されるなど、徐々にではあるが改善に向けた取り組みが行われている。ただ、アメリカに比べればまだまだ遅れを取っていることは否めない。

前述のとおり、アメリカも日本も青少年アスリートの心身の健康、安全、権利を保護しなければならないという問題は同じであり、そうであるならば、第一線の専門家が作成に携わり公表されている投球数のガイドラインを利用しない手はないのではないか。公表したMLBとしても、アメリカ国内だけでなく、世界各国で共有されることを期待しているとのことである。日本においても、プロ野球界とアマチュア球界とがタッグを組んで、こうしたガイドラインの存在を世に広め、監督・コーチをはじめとする指導者にも周知し、遵守するような体制を作っていくことが大切であろう。

夏の甲子園大会の季節を迎え、毎年のように美談が語られるが、今年は、選手の心身の健康、安全が犠牲を伴わない心から共感できる美談であってほしいと願うものである。

弁護士 飯田研吾