代表選考基準が未公表のケースの救済について
1 代表選考基準が未公表のケース(代表選考前)
重要な大会が近付いているにもかかわらず、スポーツ団体が代表選考基準を公表していない場合、アスリートはどのようにすべきでしょうか。
先ずは、当該スポーツ団体に対して速やかな代表選考基準の開示を求めるべきです。この際にアスリートが自ら開示請求をするよりは、代理人弁護士によって開示請求をする方が、適切で迅速なスポーツ団体の対応が望めるものと思われます。
代表選考基準の開示を求めるその他の手段として、日本スポーツ仲裁機構(以下「JSAA」といいます)に仲裁申立を行うことを検討したいと思います(仲裁合意(自動応諾条項による合意を含む)があることを前提とします)。
スポーツ仲裁規則2条1項において「この規則は、スポーツ競技又はその運営に関して競技団体又はその機関が競技者等に対して行った決定について、・・・適用される」とあります。そこで、上記のようなケースにおいて、そもそもスポーツ団体の「決定」があるのか、ということが問題となります。
代表選考基準が作成もされておらず、公表もされていない場合には、何らスポーツ団体の決定が存在しない、ということになりそうです。
アスリート側としては、代表選考基準を作成・公表していないという不作為を捉えて、スポーツ団体の決定であるとの主張が考えられないではありません。しかし、スポーツ団体には代表選考基準の作成・公表時期に関して広い裁量があると考えられることから、代表選考基準を作成・公表する義務を明記した規定があり、正当な理由がなく相当期間が経過し、救済の顕著な必要性がある等の事情がある例外的な場合には決定が存在すると解される余地があるものの、仲裁の土俵にのるハードルは相当高いといえるでしょう。
これに対して、代表選考基準は作成されているが公表されていない場合はどうでしょうか。
上記スポーツ仲裁規則2条1項の「決定」に関して、代表選考基準の作成をスポーツ団体の決定と捉えることができ、かつ決定の公表を求めることができると解釈できれば、仲裁の土俵にのる可能性はあると思われます。なお、過去の仲裁判断において、このようなケースに対する判断はありませんが、実際には、代表選考基準が作成されているのであれば、アスリート側が開示を求めれば開示するケースも多いように思われます。
2 代表選考基準が未公表のまま代表選考がなされたケース
これまでは、スポーツ団体が代表選考をする前の時点での代表選考基準の公表を求める方法を検討してきました。それでは、代表選考基準の公表がないまま代表選考の結果を発表したが、代表となれなかったアスリートがこの選考結果に不服がある場合はどのようにすべきでしょうか。
このケースでは、代表選考そのものがスポーツ団体の「決定」として捉えることができるため、JSAAの仲裁の土俵にのります。しかし、殆どのJSAAの仲裁パネルが採用するいわゆる4要件によって、解決可能かという問題があります。4要件とは、スポーツ団体に一定の裁量を認めた上で、①スポーツ団体の決定がその制定した規則に反している場合、②規則には反していないが著しく合理性を欠く場合、③決定に至る手続に瑕疵がある場合、④規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合に取り消すことができるというものです。
代表選考基準が存在しないと認定された事案(JSAA-AP-2014-007)において、上記4要件に関して、仲裁パネルは以下のように判断しています。
代表選考基準、すなわち団体の「規則」が存在しないことから、「規則」の存在を前提とする要件①と要件④の検討をしない。要件②については、規則の存在を前提にしているようにも読めるが、「規則の有無にかかわらず決定が著しく合理性を欠く場合」と解する。要件③については、「原則として、代表選考決定に至る手続が規定されていることを前提とし、そうでない場合には、代表選考過程が全く不合理であったり、合理的に見て代表選考権限がないと考えられる者が恣意的に選考した場合に、手続違反として、当該選考結果を取り消すことができると解すべきである」。
本件仲裁パネルは、このような4要件に関する解釈を行った上で、本件に当て嵌めを行い、取り消すべきであるとの結論に到達することはできないとしています。もっとも、「付言」において、スポーツ団体に対し、「今後代表選手選考基準をできる限り客観的な基準として定立するように要望するものである」と述べています。
この仲裁判断によれば、要件③に限定的な解釈がなされているため、代表選考基準の不存在という事実だけでは、代表選考の決定が取消されることは殆どないといえます。そしてこのことは、スポーツ団体が代表選考基準を作成しないことで、却って代表選考に関するスポーツ団体の裁量が広くなるという極めて不合理な結論を導くこととなってしまいます。
3 まとめ
以上のように、代表選考基準が未公表である場合には、選考結果の公表の前後を問わず、アスリートとしては、JSAAに仲裁申立を行うよりも、直接スポーツ団体に対し交渉することの方が有効ということになりそうです。
しかし、アスリートにとって代表選考は非常に重要な問題ですから、その他の方法によってもアスリートの救済をすべきです。
少し間接的な方法ですが、スポーツ団体のグッド・ガバナンスの問題として、明確な代表選考基準の作成及び迅速なその公表を求めることは今後も行っていく必要があります。
これに加えて、JSAAがアスリートのスポーツ権等の救済すべきことを使命としていることからすれば、スポーツ仲裁規則2条1項の「決定」をめぐる解釈、及び4要件の解釈が見直され、アスリートの直接的な権利救済が図られる必要があると考えます。
以 上
執筆:合田綜合法律事務所 弁護士 合田 雄治郎